本田圭佑 スペシャルインタビュー
—本田さんは、プロ選手として活躍する傍ら、オーストリアに本拠地を置くサッカークラブ「SVホルン」を経営されていますよね。クラブ経営をしようと思ったきっかけなどはあったのでしょうか?
「ものすごく遡ると、幼い頃から、『自分の人生は自分で決めろ』っていう自立性を重んじた教育方針で育ったので、企業精神と言いますか、いつか自分の城を築きたいっていう気持ちは子どもの頃から漠然とありましたね。オーナーへの野望っていうとちょっと大袈裟かもしれないですけど…。子どもの時、サッカーチームのオーナーになるゲームをやってたんですけど、そこで自分のスタジアムを持つ、チームを持つ、応援してくれるファンを満足させるっていうことをすごく楽しんでやっていたんです。好きだったんですよね。そういった感覚を持って育ったので、まさに今はそれをリアル化しているといった感じです」
—少年時代からの感覚なのですね。具体的に今のクラブを設立するにあたっては、どんな想いがあったのでしょうか?
「元々、自分自身がサッカー界に育ててもらったという気持ちがあって、プロになってその想いは日々強くなっていきました。自分が子どもの頃から、たくさんの夢を与えてきてもらったから、『子どもたちに夢を与えたい』という気持ちも芽生え、サッカー界への恩返しの気持ちで、2012年に子どものためのサッカースクールを作ったんです。そして、そこにいる子どもたちが、次どこを目指せばいいかってなった時に、プロのクラブまで作れば、子どもたちの道標になるんじゃないかと思ったんです。そういう考えから、SVホルンの実質的オーナーになりました」
—海外で設立されたというのが、世界で活躍する本田さんならではの発想ですよね。
「そうですね、海外でやることの意味はとても大きく持っていました。誰もやったことのない発想を元に、自分たちでターゲットになる若き選手たちを用意したいということで始めました。彼らの夢を応援しようという気持ちで。自分も経験したからこそ思うんですが、日本人が海外でプレイするって、やっぱり難しい部分もあるんですよね。でも、だからこそ、そういう機会を子どもたちに作りたかったんです」
—海外でクラブを経営するにあたっての美点はどういったことでしょうか? 日本との違いなどありましたら、教えて下さい。
「ヨーロッパのサッカークラブのいいところは、市民とクラブの距離感がすごく近いこと。オランダでプレイしていた頃、家のチャイムが鳴って、郵便物か何かかなってドアを開けたら、子どもたちが10人くらいいたっていうことがあったんですよ。その前は名古屋グランパスでやっていて日本の感覚でいたし、今の日本の距離感でもちょっとありえないんですけど、そういうことが海外だとあり得るんですよね」
—その感覚は確かに日本にはないですね!
「SVホルンでやっていてもそうなんですけど、ファンはグラウンドに入ったりもするんですよ。ものすごくファミリー感があるんですよね。そういう距離感の近さっていうのは、経営などのやりたいことを度外視して、一人の人間としてものすごく望んでいたことだったので、心地よかったですね。僕自身がそういうクラブを作ることができた、そういう場を日本人の若者に体験してもらっているって思うと、まさに本望です。とても嬉しく思っています」
Profile
本田 圭佑(ほんだ けいすけ)
1986年6月13日生まれ/大阪府摂津市出身/プロサッカー選手
2014年1月からイタリアの強豪ACミランに所属 日本代表では、中心選手の一人として活躍中。 (2016年12月現在)
本田圭佑オフィシャルWEBサイトKeisuke Honda Official Web Site:http://keisuke-honda.com
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